神社の復興と政教分離の原則

年の瀬ですね。
やはり今年は何といっても中越沖地震ですな。


我が家は仮設に入らず、自宅で年を越せそうなので感謝しなければなりません。
住宅が、半壊や全壊の判定となると、様々な公的支援を受けることができます。
我が家は一部損壊でしたので援助を受けることはできませんがね。


今日は、それについて論じるのではなく、神社について論じたいのです。
田舎になると一つの集落に、大体一つの神社があります。
そこは、地元の人たちの守り神というか、一年に数回のお祭りの舞台にもなっています。
特に大きな宗教性はありません。
今回の地震でも、多くの神社(ほぼ全ての神社)が崩壊しました。
修繕には多額の費用が必要となってしまいます。
ところが、神社には公的支援がありません。
最近、地元の議会で問題になってたのが、まさにこの問題なんです。
某議員が「神社の復興に公的な援助ができないか?」と質問したら、首長は「政教分離の原則があるから無理だ」と答えてました。

ここで、私はふと思ったんです。

地鎮祭訴訟って判決があったなと。簡単に言うと、体育館を造る際に公費で地鎮祭を行ったんです。これが、政教分離の原則に反さないかと争われたんですが、最高裁は、

「わが憲法の前記政教分離規定の基礎となり、その解釈の指導原理となる政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが右の諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである。」
と判断しました。

つまり、地鎮祭程度であれば宗教性も薄いし、合憲であるという判決です。


今回の地震で神社が壊れたことに対しても、この判例が適用できないかなと。神社といっても、宗教性は薄いし、地元住民にとってはなくてはならないものですので、ある程度補助しても良いのではと、私なんかは思います。まぁ、確かに、地鎮祭に比べれば額も多額になりますので、全く同じ解釈が通用するとは限りませんが…。

しかし、議員であるならば、津地鎮祭訴訟の名前を出して議論したりするようなことは出来ないんですかねぇ。ただただ感情的に、「地元住民が困ってるから補助できないものか」なんてことではなくてさ。もっと論理的に。ちなみに、この判例、大学時代にも勉強しましたが、高校の政治経済(ひょっとすると中学の公民)の授業でも勉強した記憶があるのですが…。