北ノ庄城

福井県福井市の北ノ庄城へ。
織田信長の家臣、柴田勝家の城でござます。
朝倉義景滅亡後、織田信長は、柴田勝家に越前49万石を与え、北ノ庄城を拠点としました。
本能寺の変後、柴田勝家羽柴秀吉と対立ますが、賤ヶ岳の戦いで敗北し、北ノ庄城にて自害しました。


現在では柴田神社となっており、当時の遺構はほとんど残っていません。
わずかに、発掘調査で見つかった石垣の一部があるのみです。


柴田勝家の辞世の句は、
「夏の世の 夢路はかなき 後の名を
 雲井にあげよ 山ほととぎす」


ん〜。
当時は、九層にもわたる大天守があったとされる北ノ庄城ですが、今は何も残っていません。
時代の流れと、どことなく勝家とお市の方の無念さを感じる城でした。

僅かに残る石垣の跡

柴田神社

慰霊碑

柴田勝家


お市の方

柴田勝家お市の方

北ノ庄城想像図