松井田城

赤城高原SAでラーメンを食べた後、群馬県の松井田城へ(9月12日)。
松井田城は中山道の入り口にあった城で、重要な位置にあり、武田、北条、織田と支配者が目まぐるしく変わった城でもあります。
天地人でも出ていた城で、北条方の家臣、大道寺政繁が城主でありました。
まぁ、大道寺政繁といえば、戦国マニアの中では知る人ぞ知る武将ですな。
北条家の中では有力な家臣であります。
この城を上杉景勝真田昌幸の軍勢が攻め落とします。
その後、政繁は豊臣側に加わり、鉢形城忍城八王子城の攻略に参加しましたが、秀吉から開戦責任を咎められ切腹させられます。
いろいろ協力してやったのに…。
あ〜、悲しきかな。


ご覧のとおり、天候が悪く暗い写真が多くなってしまいました。
一応、城の案内板などは出ておりますが、整備が不十分であります。
道は草で覆われており、訪れる人も少ないようです。
本丸跡は、整備されておらず草叢でありました。
写真を見てください。
この暗い雰囲気。
本丸というよりまるで処刑場であります。
天地人で登場したこともあり、整備がされていると思いきや、期待外れでした。
やはり、城というのは地元の人たちが愛着を持って保存していこうという考えがあるかどうかで整備状況が大きく変わってくるものだと思います。


案内板には、「全国的に見てもきめて重要な城跡であります」と誇らしげに書かれてるのですが、おいおい、重要ならもっと整備してやってくださいな(笑)。
あ〜、城が泣いている、ブブー。
今後に期待しませう。